囲碁の医学的効用(1)
囲碁の医学的効用(1)
東京都立神経病院 飯塚あい
この度、囲碁の医学的効用について数回にわたり記事を書かせていただくことになりました、脳神経内科医をしております、飯塚あいです。中学一年生で囲碁に出会い、東京都囲碁同業組合の元会長である山口晋氏が席亭をしておられた下北沢囲碁会館で級位者から有段者までの階段をのぼり、その後現会長である菊池康郎氏が師範である緑星学園で修行を積みました。そして日本棋院院生となりましたが、プロへの道のりの険しさを思い知り、かねてから興味のあった「人間が考える力」を解明することにつながる職業を選択すべく医師となることを決意し、高校二年生で方向転換をしました。
大学に入学した後は、医学の幅広さに魅力を感じ、どの分野を専門にするか悩んだ時期もありました。しかし最終的に、脳の働きに最も係わりの深い分野である脳神経内科を選択したのは、「人間が考える力」の神秘に触れたいという思いからでした。それは、「人間が考える力」を最も必要とするゲームの一つである囲碁の神髄に迫ることにもつながると考えています。
現在医師になって二年続ちますが、病院で働く医師という立場から、病気を抱え生きる気力を失っている入、年を重ねるにつれ社会との関係性が薄れゆく人が増加しているのを日々実感します。生きる気力がなく、周囲とのコミュニケーションが不足することは、ひいては心身の機能が低下するという悪循環をもたらすのです。そういった悪循環を阻止するために、生きがいを作ることは有効な手段であると考えます。
また、現在の医学で問題となっている疾患として、認知症があります。認知症はいつ誰が発症しても不思議ではない病気であり、対処法も確立されていないため不安を抱えている人が多いのが現状です。しかし、認知症は普段の生活管理が予防、進行抑制につながることがあるという事実をうけ、脳の活性化やコミュニケーションを促進きせる、生きがい作りのツールとしても、いま囲碁が注目されているのです。
なぜ、囲碁が注目きれているのか。囲碁の医学的効用は、これまでもいくつかの研究によって証明されています。東北大学の川島隆太教授の研究では、囲碁を知らない子どもに囲碁を教えることによって、数か月後には思考力、短期記憶力、総合的な作業力が向上し、脳の前頭前野(注意力、集中力などを司る部位)が活性化することが証明されました。また、浜松医療センターの大内氏の研究によると、囲碁は前頭前野だけでなく、頭頂葉(空聞を把握する能力などを司る部位)を、東京女子医科大学の林道義教授によれば、左脳よりも右脳でより活性化をもたらすことがわかっています。さらに、浜松医療センターの金子満雄氏の研究では、碁を打つ高齢者と打たない高齢者を比較すると、圧倒的に碁を打つ高齢者の方が認知症になる確率が低いという結果が出ているのです。
このように囲碁の医学的効用は証明されておりこの事実をうけ、教育現場では小学校の土曜日授業や大学の講義などで正式に囲碁が取り入れられ始めています。しかし医療の現場では、未だ囲碁が取り入れられていないのが現状です。実際に囲碁が高齢者の健康増進、認知症予防や治療の一環として効果があることを証明し、「囲碁療法」を確立させることは、医学の発展、ひいては囲碁界の発展にもつながると考えています。
次号から、「囲碁療法」確立のために現在進めているいくつかのプロジェクトについてご紹介させていただきます。囲碁界をより一層盛り上げるためにも、どうか応援よろしくお願いします。
(「日本の碁」第1号掲載/平成26年6月13日発行)