囲碁の医学的効用(五)
囲碁の医学的効用(五)
東京都立神経病院 飯塚あい
認知症、それは高齢化社会が進行する今日において、最も注目すべき疾患の一つです。前回の記事では、様々な社会的活動をすることが認知症の予防、進行抑制につながることをお話ししました。今回は、認知症に対する「囲碁療法」の可能性について、私が考えることをお話ししようと思います。
これまでに囲碁と脳の関係について調べた研究はいくつかあり、機能的磁気画像法という画像検査を用いた研究で、アマチュアが囲碁を打つ際には、脳の前側に位置する「前頭前野」と、脳のてっぺんに位置する「頭頂葉」が活性化されることがわかっています。これらの部位は、認知症の患者さんで機能低下がみられる部位です。特に「前頭前野」は思考力、注意力、集中力など重要な働きを担う部位であり、この部位を活性化させることが認知症の予防、進行抑制につながるのではないかと、様々な方法を用いた非薬物療法が研究されています。私はその中でも、囲碁はとても効率が良い方法であると考えています。
囲碁を打つには集中力が必要ですが、それはただ一部分に集中するだけではありません。広い盤面の中、部分的には勝っていても、結果的に負けてしまうというように、全体のバランスを考えながら幅広く注意を分散させる「大局観」が必要となります。また、囲碁は「布石」「中盤」「ヨセ」と様々な要素が絡み合う複雑なゲームです。一手ごとに新しい対応を考え出さなければならず、さらにそれをある程度計画性をもって行わなければなりません。これらの「注意力」「集中力」「新しい状況に対応する能力」「計画を練る能力」というのは、全て前頭前野の働きなのです。
アルツハイマー型認知症の患者さんでは頭頂葉の機能低下が顕著に目立ちます。頭頂葉の機能が低下すると、今いる場所がどこかわからなくなり、迷子になってしまうというような「空間認知能力」が衰えてきます。囲碁の盤面は広く、ゲームを進めるにはどの部位が黒地でどの部位が白地かというように空間を認識しなければなりません。前頭前野の機能低下を予防するためにその部位を活性化させる活動が用いられるのならば、それに加えて頭頂葉の活性化を促すような活動をするということは、より認知症の予防、進行抑制に有効な活動ではないかというのが私の見解です。
こんなにたくさんの働きを持ち合わせているゲームや活動が、他にあるでしょうか。さらに、囲碁は強くなればなるほど面白くなり、一度魅了されたら離れられない、生涯継続して楽しめる魅力があります。認知症の非薬物療法の効果というのは、継続してこそ得られるものと言われています。その点でも、囲碁は最高のツールなのです。
地域の交流を深め、国や世代、肩書きを超えたコミュニケーションがとれる、そのうえ認知機能向上につながる可能性が大いにある、そんな素晴らしい囲碁を世界中の人に広め、医療の現場で積極的に用いられるようになることを目標に、私は囲碁と脳に関する研究を生涯続けていきます。